第33回 すぐに役立つことは、すぐに役に立たなくなる

ドラッカーの経営学(マネジメント論)を学びながら、その理論を通じて、現代企業の経営や、事業・組織の運営についてのさまざまな重要テーマを話し合う。私は、そのような講義、セミナー、ワークショップをよく開催させていただいています。

参加される方は、大企業に勤務されている方、経営者、起業家、コンサルタント、デザイナー、クリエイター、スポーツチーム関係者、自治体職員の方など本当にさまざまです。

■ 理論が難しいのではなく、正しい「問い」に答えることが難しい

皆さんと話をする中で、よく「ドラッカーの言っていることは難しい」と言われることがあります。日本語の訳が若干難解に見えることが原因かもしれません。しかし、ドラッカーの理論を学べば学ぶほど分かりますが、その主張は極めてシンプルで、分かりやすいです。突き詰めてみれば、彼が言いたいこととは、

【1】社内ではなく、社外の変化に目を向け、耳をすましなさい
【2】「顧客を創造する」という大切な目的をぶらさないようにしなさい
【3】人の強み、知識、知恵を引き出し、組織の成果に向けて活かしなさい
【4】事業を通じて、社会の問題を解決していきなさい

ということです。もちろん派生していろいろなテーマを扱いますが、中心的なテーマは極めてシンプルです。

では、何が難しいのでしょうか。それは、理論そのものよりも、深く本質的な「問い」に答えていくことが難しいのだと思います。

よく言われるように、「すぐに役立つことは、すぐに役立たなく」なるものです。その場ですぐに使える「答え」「ノウハウ」を与えるのではなく、一生使える「問い(とその原型)」を与える。それがドラッカーのスタンスです。

■ 行き詰まったときに「刺激」を与えてくれる問い

「我々の事業の定義とは、本当のところ何だろう?」
「このサービスは、本当に顧客が買いたい価値を提供しているだろうか?」
「この部下の強みや、内面に持っている知恵は、本当に引き出せているか?」

ドラッカーを学ぶことによって、これらの本質的な「問い」が現場で頭の中に浮かぶようになります。組織や事業の運営で壁にぶつかったときに、そっと耳元で「この問いについて考えてみたらどうだろう?」とアドバイスをくれる。ドラッカーのマネジメント論とは、実践者にとってそのような存在かもしれません。

ユニクロ、P&G、ソニー、グーグル、パナソニック、セブン&アイ・ホールディングスなど、経営者がドラッカーの教えを実践し、成果を上げた例は古今東西数多くあります。ドラッカーの価値として、多くの経営者やリーダーが語るのは、

「思考を刺激してくれる存在」

ということです。ドラッカー29歳の時の処女作、「経済人の終わり」刊行に際し、その内容を激賞したという当時のイギリス首相のチャーチルは、このように述べました。

「ドラッカーは、独自の頭脳を持つだけでなく、人の思考を刺激してくれる書き手である。それだけですべてが許されるという存在である。」

確かに、ドラッカーの問いは、常に思考を刺激してくれます。例えば、以下の言葉とそこに含まれる問い。この言葉により、仕事において私はこれまで何度も「ブレークスルー」のヒントを得ることができました。

「成果を上げるには、自らの果たすべき貢献を考えなければならない。手元の仕事から顔を上げ、目標に目を向ける。組織の成果に大きな影響を与える貢献は何かを問う。こうして責任を中心に据える。」(「経営者の条件」より)

目の前の仕事や作業にはまりこみすぎて視野が極端に狭くなるときが誰しもあります。この問いがふっと浮かべば、「自分が本当に組織の成果に貢献できることは何だろう」という視点に切り替えることができます。そうすることで、思わぬブレークスルーが生まれ、ぐっと仕事が前進していくということがあります。上長だけではなく、働く人全員にとって不可欠な「問い」だと思います。

■ マネジメントとは「一般教養(リベラルアーツ)」

既存の制約にとらわれず、自ら創造的な「問い」を立て、その問いに答えながら、自分自身を、組織をリードしていく。まさに「一般教養」(リベラルアーツ)を学ぶのと同じようなプロセスを辿ることがから、ドラッカーは、「マネジメントとはリベラルアーツである」と述べました。

マネジメント論を学び、身につけることで、自分自身の頭で有効な問いを立て、その問いに向かうチームを創り、会社・組織で成果を上げて人生を豊かにできる。つまり、究極的な自由を得られるということです。「リベラルアーツ」という言葉の文字通りに、人々が本当の「自由な働き方、生き方」を手にすることができるようになるのです。

一方、仕事において、「自由を得られていない」とはどういう状態でしょうか。

・組織の中で言いたいことがあっても殆ど言えない
・自分の意思に反したことばかりが命じられる(しかし、自分としても何が正しいのかうまく言語化できない)
・組織が行き詰まったときに、打開するためのヒントや発想が見いだせない

こんな状態が、働く上で「不自由」な状態と言えるかもしれません。人が本当にいきいきと、主体性を持って働きにくい状態です。

ドラッカーの教えてくれる「問い」を活用することで、「こういう状況では、こういった問いにつき深く考えてみたら?」という効果的な視点が得られます。それは、人と関わって生き、働く上でどういう状況でも活かせる知恵であり、教養だと言えます。

ぜひ、皆さんの職場でも、ここに出てくるようなドラッカーのシンプルな問いかけをしながら、「本当に大切にすべき、重視すべきことは何か」を話し合ってみてください。数値管理的、科学的アプローチだけでは答えの出なかった課題に、新しい本質的な解決策が見いだせることと思います。そして、きっとそれは会社の業績向上にもつながるはずです。

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いつもコラムをお読みいただき、ありがとうございます。
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「ドラッカー・スクールで学んだ本当のマネジメント」(日本実業出版社)
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老教授と現役マネジャーとの「対話」を通じてドラッカー経営学の本質を探るコラムを日経ビジネスオンラインで連載しています。

「対話で探るドラッカー経営学の本質」(日経ビジネスオンライン)
藤田 勝利

「対話で探るドラッカー経営学の本質」(日経ビジネスオンライン Webサイト)

次回は9月4日(木)の更新予定です。

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この記事の著者

PROJECT INITIATIVE株式会社 代表取締役

藤田 勝利

1972年生まれ。上智大学卒業後、住友商事、アクセンチュアを経て、クレアモント大学院大学 P.F ドラッカー経営大学院にて経営学修士号取得。ベンチャー企業執行役員として事業開発に従事後、2010年独立。次世代経営リーダー育成や新規事業の分野で幅広く活動中。著書:「ドラッカー・スクールで学んだ本当のマネジメント」(日本実業出版社)
PROJECT INITIATIVE株式会社

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